bluesmokesilent

ある男の日常をジャズレコードとともに|4コマ+ジャケット模写| 4 panel comic inspired by JAZZ records|reproduction of album art with pen and ink

BLUE SMOKE SILENT|EP.34|I Can't Get Started

f:id:blue_smoke:20210330143238j:plain

とくにロリンズの名演というわけでもないのですが、男同士の甘噛みにもふさわしい曲かと思い、選んでみました。邦題の『言い出しかねて』は、名訳と呼ばずして何と呼ぶ…というくらい、よく出来てますよね。ロマン主義の本質は、その距離感にこそあるようですが、そうした意味では、男・女や、女・女よりも、男・男のほうが、まどろっこしい距離を生み出しやすいように思います。仕事関係でも、交友関係でも。

f:id:blue_smoke:20210330143247j:plain

サックスの男が吹いた曲のアルバム|A Night at the Village Vanguard

Sonny Rollins (ts)
Wilbur Ware / Donald Bailey (b)
Elvin Jones / Pete LaRoca (ds)

Blue Note(BLP 1581)
1957

f:id:blue_smoke:20210330143241j:plain

ピアノレス・トリオの傑作として名高いアルバムですが、たぶんこのアルバムだけを聴きこんでも、それほど収穫はないように思います。皆が口を揃えてソニー・ロリンズを褒め称えていますが、そんなに簡単に分かる人ではないというのが個人体験としてあります。豪快に吹きまくるという表現もよく見かけますが、彼の何が豪快なのかを感じるのも、本当はけっこうハードルが高い。ロリンズの本質は、ジャズ演奏のイディオム(慣用句)を解体し、どこかゼロベースのような地点から音の連なりを構築していく、その肝っ玉みたいなところにあるように思います。だからこそ勢いのある音楽的快感(豪快さ)と引き換えに、よくスランプに陥ったのではないか。得意としたピアノレスというフォーマットも、イディオムに縛られ/守られるのを拒んだからでしょう。知ってるものにしか喜べない人間は、本当は理解できていないはずだと思います。

BLUE SMOKE SILENT|EP.33|C Jam Blues

f:id:blue_smoke:20210319150833j:plain

ソーッ...ソーッ.ソーッ.ソーッ.ドッという、エリントンによるとってもシンプルな曲。シンプルなものこそ難しい…かどうかは分かりませんが、容れ物としての大きさは感じます。もしも僕がジャズミュージシャンなら、この曲に関してはベースを弾きたい。気分良くウォーキングしながら、メンバーがどんなふうに疾走したり、宙返りしたりするかをニコニコしながら味わいたいです。エリントンもきっと笑顔。怒れるミンガスさんはどうだったんだろう?

f:id:blue_smoke:20210319150840j:plain

男が弾いていた曲のアルバム|Mingus at Carnegie Hall

Charles Mingus (b)
Jon Faddis (tp)
Charles McPherson (as)
John Handy (ts,as)
George Adams (ts)
Rahsaan Roland Kirk (ts,stritch)
Hamiet Bluiett (bs)
Don Pullen (p)
Dannie Richmond (ds)

Atlantic(SD 1667)
1974

f:id:blue_smoke:20210319150837j:plain

僕の妻と同じように、チャールズ・ミンガスも、基本的な態度として怒っている人だったようです。それが時として、音楽言語ではないノイズとして聴こえてしまうこともありますが、このアルバムを聴いた際に、彼が純粋に音楽的に何をしようとしていたかが分かりました。音楽には、時間芸術ならではの推進力のようなものが必要で、3要素(リズム、メロディー、ハーモニー)それぞれに貢献するのですが、ミンガスの場合は、その推進力を自身のベースから生み出し、メンバーの多様な音色を乗せていく、そうした点に本質があったように感じます。その本質は、彼の気質から生まれたものだったのでしょうが、どちらが人としての感情で、どちらが音楽の表現なのかが、分かりづらい憾(うら)みがあった気がします。妻よ…

BLUE SMOKE SILENT|EP.32|Sing Me Softly of the Blues

f:id:blue_smoke:20210317112228j:plain

1本のナイフ。それを少年が手にしたなら、彼は他傷行為へと向かういっぽう、少女が手にしたなら自傷行為へと向かうように思います。それは1つの傾向としてですが、理由はおそらく、男にとっての世界は他者にあり、女にとっての世界は自己にあるから。僕にはそんなふうに思えます。そしてカーラ・ブレイの手によるこの素敵な曲にもまた、どこか自傷的な雰囲気があるように感じられます。そうしてつけられた裂け目から、彼女たちが何を見ているのかは、おそらく彼女たち自身にも分かっていないはずです。

f:id:blue_smoke:20210317112235j:plain

少女が髪を切ったときに口ずさんだ曲のアルバム|Sing Me Softly of the Blues

Art Farmer(f.hr.)
Steve Kuhn (p)
Steve Swallow (b)
Pete LaRoca (ds)

Atlantic(SD 1442)
1965

f:id:blue_smoke:20210317112231j:plain

知的であると形容されることの多いアート・ファーマーですが、ソフトな音色と優美さを、いつでも携えて歩いているイメージがあります。それでいながら、いつでもしなやかな切れ味の鋭さを持っている。普通であれば、破綻する危険と背中合わせにしか得られないものを、ソフトにクールに彼は手にしています。そんなところが、知的と言われる理由でしょうか。知性の特徴の1つには、いつでも相反する命題を視野に入れておくという態度がありますが、彼の演奏からもそうした背反性を感じます。ソフトではあっても、イージーではない。優しさの奥には、海を前にナイフで何かを切り裂いたような厳しさや激しさがある。もしも僕がトランペッターだったらなら、彼のように吹きたいです。

BLUE SMOKE SILENT|EP.31|Cool Bunny

f:id:blue_smoke:20210316110858j:plain

僕自身はかつて少年であり、少女がどんな世界に住んでいるかを想像する際には、最も深く知る女性である妻を通すことになります。あとは母と姉、次いでそれなりに深くつきあってきた女性たち。彼女たちに共通する1本の糸をたぐり寄せていくと、少女時代の漠然とした喪失感が浮かび上がってきます。少年が少しずつ失っていくのに対し、少女は初めから失っている。4コマの少女を「Cool Bunny」と呼ぶような誰かを。そして何かを。彼女たちは、その影とともに生きているような気がします。

f:id:blue_smoke:20210316110906j:plain

少女が夢の中でそう呼ばれていた曲のアルバム|Modern Art

Art Pepper(as)
Russ Freeman (p)
Ben Tucker (b)
Chuck Flores (ds)

Intro(ILP 606)
1957

f:id:blue_smoke:20210316110902j:plain

芸術という行為は、多かれ少なかれ生と死をモチーフとするものでしょうけれど、ジャズという抽象度の高い音楽においては、直接的に関係することはないはずです。それにも関わらず、アート・ペッパーのアルトからは、いつも死の気配が漂っているように感じます。音色もそうですし、どことなく音楽語法の余剰へと向かうようなフレージングもそうです。映画でいうと、デヴィッド・リンチの作品世界に似ているかもしれない。『ツイン・ピークス』で、クーパー捜査官がローラ・パーマーと出会う異世界。その異世界に流れる音楽を、僕はいつも思い浮かべることになります。同作には「Fire, walk with me.(火よ、我とともに歩め)」という呪術的言葉が出てきますが、アート・ペッパーのアルトにも、そうした呪術性が濃密にたちこめているように思います。彼は何とつながっていたんだろう?何を振りほどけなかったんだろう?

BLUE SMOKE SILENT|EP.30|Cool Struttin'

f:id:blue_smoke:20210305104822j:plain

キスの意味合いは、男女でかなり異なるように思います。その違いを心得ておくことは、深い意味で性を離れることのできない僕たちにとって大切なことだろうと思っています。男にとってのキスが相手へと向かうのに対し、女にとってのキスはむしろ自分自身へと向かう。性交渉という意味でのセックスも、男が果てるのに対して女は満ちるという圧倒的な違いがあります。だからこそCoolにStrut(気取って歩く)している女のひとって、ほんとにいいなと思います。やはり女性はしっかりと愛されてほしい…そう願うことがもしも罪になるならと思うとゾッとします。

f:id:blue_smoke:20210305104751j:plain

サックスの男が女を見て思い浮かべたアルバム|Cool Struttin'

Sonny Clark (p)
Jackie McLean (as)
Art Farmer (tp)
Paul Chambers (b)
Philly Joe Jones (ds)

Blue Note(BLP 1588)
1958

f:id:blue_smoke:20210305104755j:plain

泣く子も黙るという表現があり、泣く子も笑い出すというアレンジもありますが、異口同音にそんなことを言いたくなるアルバムだと思います。打ち上げ花火の美しさは、花火だけで成立するわけではない。女の美しさが、女のみで成立するわけではないように。ソニー・クラークの描くミッドナイトブルーの夜空に、スモーキーな色彩をジャッキー・マクリーンは広げ、アート・ファーマーがソフトにクールにこだまを響かせる。そして、心地よい草原を思わせるフィリー・ジョー・ジョーンズ、たなびく雲のようなポール・チェンバース。汲めども尽きず打ち上げられる花火は、ジャズそのもの。僕たちはそれを見上げ、幸せのなかに沈黙する。

BLUE SMOKE SILENT|EP.29|Stars Fell on Alabama

f:id:blue_smoke:20210305125746j:plain
1833年11月にアラバマで観測された、大規模な獅子座流星群にオマージュしたラブソング。"A fairy land where no one else could enter/And in the center just you and me(誰も立ち入れないおとぎの国/そのただ中には君と僕)"だなんて、夫婦喧嘩は犬も食わないと言いますが、恋人ラブラブは星さえ逃げ出すのではないでしょうか。いつも閉じている男の目を、女はこじ開けます。"Your eyes held a tender light/While stars fell on alabama"という歌詞へのオマージュ。このエピソードをあらゆる時代とさまざまな状況下にある恋人たちに捧げます。

f:id:blue_smoke:20210305125802j:plain
男と女が聞いていたアルバム|Cannonball Adderley Quintet in Chicago

Cannonball Adderley (as)
John Coltrane (ts)
Wynton Kelly (p)
Paul Chambers (b)
Jimmy Cobb (ds)

Mercury
1959

f:id:blue_smoke:20210305095003j:plain

色彩の金色というのは、色の3要素(色相・明度・彩度)のうち、色相でいえば黄土色にしか過ぎません。その黄土が金になるためには、3要素の範疇に収まらない光沢が必要となります。キャノンボール・アダレイのアルトの音色を聴いていると、その光沢感にあふれているようにいつも感じます。天然無垢の純金100%。「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」と言うように、汚い音に不思議はなく、彼のアルトは不思議に満ちている。まるで獅子座流星群のように、自然界がときに見せてくれる奇跡。ちょうど『Kind of Blue』を発表した直後のマイルス抜きのメンバーによる演奏で、鬼の居ぬ間の…というアレコレを考えても面白いです。

BLUE SMOKE SILENT|EP.28|I'm Glad There Is You

f:id:blue_smoke:20210304182337j:plain
あなたがいる(there is you)/それが嬉しい(I'm glad)という歌ですが、そんな思いがとどまり続けるケースはたしかに稀(hardly any stay in love)なのかもしれません。歌詞のなかには"I live to love, I love to live with you"(愛に生きよう、あなたとの生を愛そう)という一節があり、"live"と"love"を入れ替える修辞法がとられています。反対にこのエピソードでは、同じ言葉で別のことを思う修辞法をとってみました。男女はだいたいこんな感じだと思いますが、妻と僕の場合は逆みたいです。

f:id:blue_smoke:20210304124128j:plain

男と女がそれぞれに思い浮かべた曲のアルバム|Sarah Vaughan

Sarah Vaughan (vo)
Clifford Brown (tp)
Paul Quinichette (ts)
Herbie Mann (fl)
Jimmy Jones (p)
Joe Benjamin (b)
Roy Haynes (ds)
etc.

EmArcy
1954

f:id:blue_smoke:20210304124132j:plain

サラ・ヴォーンの歌唱を聴いていると、女であることをまっすぐに受けとめている声のように感じます。実際の彼女がどうであったかは知りませんが、媚びてみたり強がってみたりという、多くの女性たちが苦しんでいるバイアスのようなものを感じません。そのため自然なチャーミングさがあって、チャーミングということは自然であることなんだと思うに至ります。それにしても"with clifford brown"と題して再発された『Sarah Vaughan』と『Helen Merrill』の奇跡的な2枚を聴くにつけ、女がナチュラルに輝くには男が相応でなければならない気がします(ですからほんとうの意味でのジェンダーフリーを実現するには、かなりの紆余曲折が必要なんだろうと思います)。

 

BLUE SMOKE SILENT|EP.27|If I Were a Bell

f:id:blue_smoke:20210303092107j:plain

少年と少女がいれば、ボーイ・ミーツ・ガールを描かないわけにはいきませんでした。とっくの昔に僕自身はこんな季節を過ぎ、下手をすると息子さえも通り過ぎたかもしれない光景は、ただただ可愛く愛おしい。描きながら思ったのは、男は"おとこ"であろうとするほどに少年になっていく傾向があるいっぽう、女は少女の頃から"おんな"だということです。そういう意味で『If I Were a Bell』は、椎名林檎の『ここでキスして。』のような"おんな"の声としても聞けるのが面白いです。

f:id:blue_smoke:20210303092114j:plain

少年が吹いた曲のアルバム|Relaxin' with the Miles Davis Quintet

Miles Davis (tp)
John Coltrane (ts)
Red Garland (p)
Paul Chambers (b)
Philly Joe Jones (ds)

Prestige(PRLP 7129)
1958

f:id:blue_smoke:20210303092110j:plain

マイルス移籍の都合で、たったの2日間で録音した『マラソンセッション4部作』のうちの1枚。ジャズ入門編としてよく挙げらるアルバムですが、僕が本当にいいなと思ったのは彼のなかにある"少年性"に気づいてからです。ジャズではある種のルーズさが絶妙なスイング感やグルーブ感を生むと思うのですが、マイルスにはそれがない。いつでもギリギリのテンションがかかっていて、マイルスによってコントロールされている。のちの第2期黄金クインテットからは、メンバーのレベルの高い自主性をラッパの1吹きで束ねるような音楽的快感がはっきりと現れますが、この頃は見えづらい。つまりマイルスのなかにある"少年性"が、音楽に対してたいへん高い純度を求めたのだと思います。逆に言えば、その少年性が音楽的にどんなふうに表れるのかをつかんでしまえば、エレクトリック時代のサウンドも一気に僕は理解できました。

BLUE SMOKE SILENT|EP.26|The Lamp Is Low

f:id:blue_smoke:20210226161744j:plain

この曲はラヴェル『亡き王女のためのパヴァーヌ』を流用したことで問題となったそうですが、僕は関係者ではないので気楽に楽しんでます。歌詞も素敵で、月明かりの高さ(the moon is high)と自身の明かり、つまり境遇の低さ(the lamp is low)との対比が効いてます。ヴァイオリン属の楽器は女性の体のフォルムですので、壊れたコントラバス=亡き王女という連想で描きました。修理が必要な楽器に色気を感じてしまうのは、僕の中にあるピュグマリオニズム(人形愛)なのかもしれないです。

f:id:blue_smoke:20210226161737j:plain

男がウッドベースを点検しながら聴いていたアルバム|The Song Book

Booker Ervin (ts)
Tommy Flanagan (p)
Richard Davis (b)
Alan Dawson (ds)

Prestige(PRLP 7318)
1964

f:id:blue_smoke:20210226161740j:plain

このアルバムもまた、僕のジャズ入門を温かく迎えてくれたもので、ジャズってそういうことなんだと(文字通り)膝を打った思い出があります。ブッカー・アーヴィンによるいわゆる『ブック・シリーズ4部作』の1枚。ブック・シリーズはいずれも好きなのですが、その中でも本作はよく手にします。第26話は、第25話からのストーリー的な都合で描いたつもりだったのですが、思えばブッカー・アーヴィンの特徴とも関連しているかもしれません。彼のフレージングにはいつも裂け目があるものの、その空隙(くうげき)をあえて放置したまま他のもので埋め合わせていく感覚があります。それはテナーをブローすることであったり、グルーヴ感に身を委ねていくことあったり。そのことの前に、辻褄なんて知ったことではない…という、ジャズ本来の姿と言っても差し支えないものに溢れていると僕は感じます。

BLUE SMOKE SILENT|EP.25|Some Kinda Mean

f:id:blue_smoke:20210226100409j:plain

EP.24の"Kind of"つながりで描きました。"Kinda"は"Kind of"を略したもので、"going to"を"gonna"とするのと似てます。英語圏の人たちは"ンア"と言いたいようで、リズムの後ノリの上手さは、こんなところにも秘密があるのかもしれません。Some Kind of Mean…意味のある何か、何かしらの意味…といったところでしょうか。"Kind of"だけでも婉曲的なのに、そこに"Some"までつけるだなんて、僕が英語圏に生まれていたら多用しただろうな…というくらい好きです。

f:id:blue_smoke:20210226100404j:plain

男がウッドベースを運びながら思い浮かべた曲のアルバム|The Soul Society

Sam Jones (b, vc)
Nat Adderley (cort)
Blue Mitchell (tp)
Jimmy Heath (ts)
Charles Davis (bs)
Bobby Timmons (p)
Keter Betts (b)
Louis Hayes (ds)

Riverside(RLP 12-324)
1960

f:id:blue_smoke:20210226100401j:plain

ブルーノートの黄金期を支えたベーシストにポール・チェンバースがいたように、リバーサイドにはサム・ジョーンズがいたようです。ポール・チェンバースにも有名なリーダー作『Bass on Top』がありますが、共演者が端正で渋め(Hank Jones, Kenny Burrell, Art Taylor)だったのに対し、こちらもやや渋めながらノリノリなメンバーで、まさに"Soul Society"といった趣があります。普段は縁の下の力持ちのような人が、スポットライトを浴びる面白さって何なんでしょうね。意外性やギャップ萌えではなく、あぁやはりそういうことだったんだなという、意中が明らかになる嬉しさなのかもしれないです。

BLUE SMOKE SILENT|EP.24|Blue in Green

f:id:blue_smoke:20210225162501j:plain

青と緑という色彩の近似性と相違性に関しては、各国の伝統色などを調べていくと面白いでしょうし、象徴的な心理作用も興味深く思います。憂鬱の青/癒しの緑、憧れの青/未熟の緑というふうに、反対であったり近かったり。この曲は、エヴァンスとマイルスのどちらのものか2人の間でいろいろあったようですけれど、そんなエピソードもまた『Blue in Green』というタイトルが暗示しているようで面白いです。お互いに青や緑となった時期だったのかもしれないと思ったりします。

f:id:blue_smoke:20210225162453j:plain

少年が吹こうとしていた曲のアルバム|Kind of Blue

Miles Davis (tp)
Julian "Cannonball" Adderley (as)
John Coltrane (ts)
Bill Evans / Wynton Kelly (p)
Paul Chambers (b)
Jimmy Cobb (ds)

Columbia
1959

f:id:blue_smoke:20210225162456j:plain

ジャズというジャンルに縛られることなく、全世界でいまだに売れ続けているアルバムらしいです。作品としてマイルスがどう思っていたかはともかく、マイケル・ジャクソンに対して、おそらく嫉妬にも似た感情を抱いた超メジャー志向の彼にしてみれば、悪い気はしないように思います。マイルス・デイヴィスという人はその自叙伝などを読んでも、純真な少年性としたたかな大人性を、いつでも同居させていた人だという気がします。音楽にもそれはよく表れていて、恥ずかしがりながらも押しが強く、雰囲気は叙情的でいながらアプローチは叙事的。モード奏法という叙事性を、ここまでリリカルな叙情性に綴れるのは、マイルスくらいだろうと思います。

時間がもたらすもの|Time remembered

f:id:blue_smoke:20210225114523j:plain

その昔、漫画を描きたいと思って鉛筆を手にとったことがありました。美術一家に生まれたので、うまいかへたかはともかく、絵は自然に描いてしまうほうだったと思います。妻と結婚するまでは、絵は描ける/描けないではなく、描く/描かないという問題なんだと思っていました。でも1コマも描けなかったし、ストーリーなんて1つも浮かんでこなかった。やろうと思えば(レベルはともかく)何か…くらいはできるだろうと思っていた19歳のころ、そのことに愕然とした思い出があります。

それから四半世紀が過ぎ、仕事をして結婚して子育てをしながら、それらにまつわる色んなことを(ささやかながらも)経験するなかで、僕のなかに降り積もったものがあったのだと思います。空いた時間しか使っていないのでたくさんは無理ですが、ジャズレコードを聴きながら下書きしていると、次々に構想が湧いてきますし、迷いなく鉛筆が動きます。

誰のためでもなく、どこに向かうものでもなく、ただ自分のためにという考えには、半分はどうしても嘘が入ってしまいますが、半分はほんとうのように思います。嘘のほうは言うまでもないので放置するとして、ほんとうのほうは、あらゆる表現の出発点にはやはり"自己慰安"があるということです。その自己慰安という地平では、うまい/へた、成功/失敗などの価値交換のための基準は、本質的には成立しないはずです。

それではいったい何に慰められているのでしょうか?

f:id:blue_smoke:20210225114526j:plain

僕の場合は、4コマを描くことで、ほとんど無意識のうちに自分がこだわってきたことが何だったのか、それが形となって表れたことのように思います。そのこだわりが、古今東西の芸術家たちが向き合おうとした問題と、ちゃんと同じ水脈につながっているという感覚。これはほんとうに嬉しい。

ただ存在する…そのことの価値。うまくいくかはともかく、僕が触れたいと思っているテーマです。

この慰め(喜び)は、世界中にいるJAZZdiggerたちのコレクションを雑誌やインターネットなどで見ていると、どこか同じものであることがよく分かります。彼らはおそらく、ジャズが好きというのはもちろんのこと、レコード産業の興隆と斜陽なども含めた文化現象の大きなうねり(それは大きな物語と言っても良いかもしれません)と、小さくとも切実に抱えている個人の波とが、地下水脈のようなところで合流するのを、深く感じているのではないでしょうか。

どちらにも共通しているのは、時間性かと思います。僕の場合は、時間をかけて降り積もったものが、いつしか深い水脈に触れていたという喜びですし、diggerたちの場合もまた、時間をかけて、個人と文化という物語を合流させていく喜びかと思います。

時間とは、端的に言えば変化のことでしょうし(静止した三次元と運動する四次元)、物語とは、その変化に関する象徴的なエピソードとも言えるでしょう。意識も時間によってもたらされますし、物語/時間と、意識/時間とが交わるのを体験することは、人にとってやはり根本的なテーマなんだろうと思います。

マルティン・ハイデガーMartin Heidegger, 1889-1976)が『存在と時間』によって明らかにしようとしたことは、おそらく、そうした時間性のなかで僕たち1人1人の存在はどのように振舞おうとするのか、そこに宿る孤独や頽落(たいらく)だったように思います。ここでもやはり、時間がキーになります。

そして音楽は、時間芸術です。さらにジャズは、最も抽象的な時間芸術のうちの1つだろうと思います。抽象性とは、広く深く遠くまで届こうとする運動性を持っています。ビル・エヴァンスBill Evans, 1929-1980)の『Time Remembered』という曲を、彼の演奏した全てのバージョンと神秘的なタイトルも含め僕は愛しています。Rememberedという過去形は、単純な過去形「覚えていた」ではなく、おそらく仮定法としての過去形「もしも覚えているなら」かと思います。

時が覚えているならそれは

BLUE SMOKE SILENT|EP.23|Sweet Rain

f:id:blue_smoke:20210225111308j:plain

音楽はダジャレ(意味の置き換え)やアナグラム(言葉の並べ替え)に近いと思うことがよくあります。実際、優れた音楽家がダジャレやアナグラムを好んだというエピソードはよく聞きます。ビル・エヴァンスも、『NYC’s No Lark』はSonny Clark、そして『Re: Person I Knew』はOrrin Keepnewsというふうに、アナグラムを使った曲を作っています。そんなシンプルな組み替えのなかに驚くほど美しい瞬間があるというのも、音楽の魅力の1つなのかもしれないですよね。

f:id:blue_smoke:20210225111318j:plain

サックスの男が吹いていた曲のアルバム|Sweet Rain

Stan Getz (ts)
Chick Corea (p)
Ron Carter (b)
Grady Tate (ds)

Verve
1967

f:id:blue_smoke:20210225111311j:plain

西欧の詩にはソネットに見られるように、韻を踏むことで音の美しさを作り出す文化がありますが、スタン・ゲッツの演奏を聴いていると、そういう文化のDNAを引き継いだ人なんだと強く思います。あまりにもナチュラル過ぎて、韻を踏んでいることにさえ気づかせないような。即興演奏とは言っても、本当にその瞬間にそのフレーズを生み出しているわけではきっとなく、いくつかのアイデアを集積したうえで、その瞬間に引き出したり、解いたり、つなぎ合わせたりしているはずです。例えばソニー・ロリンズなどは、そうした集積-解体-再構成の軌跡をハッキリと見せながらも、スリリングな運動性のなかに僕たちを引き込んでいくのですが、ゲッツ場合は、そんな集積から再構成までの"つなぎ"を見せないところに美しさがあるように思います。このアルバムのタイトルチューンなどは、夢幻のような連なりがいつまで続くのだろうと、呆然と聴き入るしかありません。

BLUE SMOKE SILENT|EP.22|'Round Midnight

f:id:blue_smoke:20210225110918j:plain

モンク作品のなかでも有名で、ストレートに情感に訴えるこの曲を弾いてみようと、鼻歌まじりでピアノに向かったときの体験が忘れられません。FをのぞくCDEGABの6音にフラットのかかったEbマイナーだったのです。ピアノは平均律なのでたかが調性ではありますが、されど調性でもあり、ジャズのテンションやスケール、そしてモンクならではの響きやリズムが加わり軽いパニックに襲われました。見慣れたはずの街がある存在によって別の見え方になる。それこそがモンクなのかもしれないなと思います。

f:id:blue_smoke:20210225110925j:plain

男が熊に遭遇したときに口笛を吹いていた曲のアルバム|Mulligan Meets Monk

Thelonious Monk (p)
Gerry Mulligan (bs)
Wilbur Ware (b)
Shadow Wilson (ds)

Riverside(RLP 12-247)
1957

f:id:blue_smoke:20210225110921j:plain

セロニアス・モンクが残した作品は、夫人のネリーが「こんなに美しい人はもう現れない」と、彼自身について語った内容に尽きるように思います。いったんそこにある原理のようなものを受け入れてしまえば、キラキラと輝く鉱石のような趣さえ感じられます。けれどおそらくはその硬質さゆえに、開眼するまでに僕は時間がかかりました。ジャズ史のなかで彼がどれほどビッグネームとして仰がれていようと、その理解を個人が受け継ぐわけではありません。そんななか、ジェリー・マリガンバリトンからこのアルバムに接し、そういうことだったのか、なぜ今まで聴こえてこなかったんだろう?という体験を得ました。僕なりに思うのですが、モンクの本質は、何よりも音色やサウンドの可能性を拡大することにあった。ノリなどのジャズ特有の運動性もまた、夜に浮かぶ星々のように、地上から見上げたときの多様な輝きのために存在している。ここでは、マリガンが地上の役割を果たしてくれています。

BLUE SMOKE SILENT|EP.21|Polka Dots and Moonbeams

f:id:blue_smoke:20210224184746j:plain

夜のダンス会場でぶつかった相手が、エル・ファニングのような"上向きの鼻の素敵な女の子(a pugnosed dream)"で、瞬間的にパチパチっと(Sparkled on)恋に落ち、しかも相手も同じ思いで、彼女は水玉のドレスで月明かり(Polka Dots and Moonbeams)のなかを踊ったという、もう言うことなんて何もない歌。言うことがないぶん、ドレスをカーテンに変えてみました。ある年齢の女の人は、もうそれだけで"Polka Dots and Moonbeams"のなかを生きてますよね。

f:id:blue_smoke:20210224184752j:plain

女が弾いていた曲のアルバム|The Incredible Jazz Guitar of Wes Montgomery

Wes Montgomery (g)
Tommy Flanagan (p)
Percy Heath (b)
Albert Heath (ds)

Riverside(RLP 12-320)
1960

f:id:blue_smoke:20210224184749j:plain

ジャズギターってほんといいな、なんでこんなにいいんだろう?と思うとき、ウェス・モンゴメリーのことをよく思い浮かべます。もちろん数多くの優れたギタリストはいるのですが、この楽器がもつ"幸せな自己完結性"のようなものを、彼ほど感じさせる人はそういないように思います。同業者に多大な影響を与えたとされるオクターブ奏法などで有名なようですが、僕にとっては何よりも、夜ひそやかに誰に聴かせるわけでもなく、自分自身のために弾いているような音色やフレージングが印象的です。管楽器が主役となるジャズにおいて、結果として聴こえてくるのはほとんど個人的な心象風景のようでさえあって。本当に人の心に届くのは、公(おおやけ)のものでも、私(わたくし)のものでもなく、公の場に潜り込んだ私の声なのかもしれないなと思います。